ル・コルビュジェ最後の建築作品

チューリッヒ湖畔の美しい公園、チューリッヒホルンパークの広大な芝の上に佇むカラフルな箱。パヴィリオン・ル・コルビュジェ/Pavillon Le Corbusier。原色の色使いが長閑な景色の中に突如現れると、ル・コルビュジェを知らない人も、建築に興味のない人も、「あれは一体何だろう」と興味をそそられて素通りできなくなってしまうハズ。

コルビュジェの友人でもあったスイス人インテリアデザイナーのハイディ・ウェーバー/Heidi Weber夫人が、自身のコルビュジェによる絵画や彫刻、家具などの作品コレクションを展示する場所として、1960年にコルビュジェに設計を依頼して誕生したのがこの建物です。

1967年の完成を待たずにコルビュジェは突然この世を去ってしまったので(享年1965)、彼が手がけた最後の仕事として世に知られています。

60年の歳月を経て建物は老朽化が進み、2017年9月から大規模な修復作業のために休館していたこのパヴィリオン。

休館の少し前に一度見学に行きましたが、外壁の傷みや鉄部の錆びが酷く、内部にも水漏れの跡が見られるなど、確かに何らかの処置が必要な様ではあったのですが、なんでも水漏れのために地下は暖房が効かなくなっていたり、ましてや人体に危険な物質が検出されて、その物質の撤去には相当手こずったのだとか…。

5ミリオンスイスフラン(日本円で約6億円)の修復費が投入されたのだそうです。

 

 

2019年5月、長いお休みを経てリニューアルオープンを果たしたパヴィリオン・ル・コルビュジェ/Pavillon Le Corbusier。
コルビュジェに敬意を込めて、オリジナルの仕様と素材にほぼ忠実に再現されたそうです。

 

実はこのパヴィリオン、設立当時はCenter Le Corbusier-Heidi Weber Haus von Le Corbusierという名前でした。日本語に訳すと『ル・コルビュジェ・センター-ル・コルビュジェによる ハイディ・ウェーバーの館』とされていました。

チューリッヒホルンパークの土地は、ウェーバーさんがチューリッヒ市から50年の契約で貸与されていたものですが、建物の建設から運営、管理はウェーバーさんの財団によるもの、つまり個人資金でまかなわれてきたわけです。
それが契約期間を経過して2015年からチューリッヒ市の管理下に置かれることになりました。
それと同時に展示館の名前も変わったようです。

長くなるので詳しくは触れませんが、そこに至るまでにはチューリッヒ市とウェーバーさんの間で相当な意見の食い違いがあったようで…少々曰く付きではあります。

 

けれど、塗り替えられたファサードの色は艶やかに輝き、5月の美しい緑の芝の上でパヴィリオンは笑っているように見える。

こんなに綺麗にしてもらったら、今は亡きコルビュジェもさずがに、満面の笑みで微笑んでいるのではないかな、なんて思いました。

 

 

コルビュジェはスイスのフランス語圏、レマン湖畔のラ・ショー=ド=フォン/La Chaux-de-Fondsで生まれた生粋のスイス人。スイスの旧10フラン札にも印刷されていたほどの、スイスの英雄的存在です。しかし20代初めの頃に故郷を離れてパリに移り住み、以来ずっとフランスで活動をしていたので、実はスイス国内にはコルビュジェの作品は多くありません。

スイス人は憤慨するかもしれないけれど、『スイス生まれのフランス人建築家』という書き方もよく見かけます。
ちなみにコルビュジェはフランス国籍も取得しているダブル国籍所有者なので、フランス人建築家という書き方は決して間違いではありません。

 

ウェーバーさんのHPにあった、設計を依頼するときに彼女がコルビュジェと交わした会話がちょっと笑えます…w

 

1960年4月15日、チューリッヒ湖の湖畔にて

LC(ル・コルビュジェ) なんで私は今あなたと湖畔を歩いているの?

HW(ハイディ・ウェーバー) この公園にあなたの作品を展示する展示館を設計して欲しいんです。

LC この美しい公園に…とはまさか言いませんよね? いいえ、私はスイスの為には何もしませんよ。スイス人が私に優しかったことなど一度もない…

HW 私は100フランたりともスイスに投資はしませんよ。14歳の女の子だった頃からスイスを離れたいと思っていましたもの。 私は私とあなたで、スイス人らしからぬ事をスイスでできると確信しています。記念碑です。スイス人の制限を越える….!

 

風当たりが強かったのか、コルビュジェはスイスに対して批判的だったんですよね。

ウェーバーさんのHPを読んでいくとこれがまた、計画当時から色々とチューリッヒ市と対立していた様子も伺えます。

そんな二人の企みから実現したこの記念碑とも言える展示館は、そんな背景も踏まえつつ、建築ファンやコルビュジェファンには一見の価値ありな建物だと思います。

 

コルビュジェ自身も目で見るということの大切さをよく訴えていましいたよね。

-何が建築の感動的要因でしょうか?それは目が見るものです。

-人間の人生は、視覚の絶えざる連続であり、継続であり、集積である。

-建築は、自ら歩いたり、動き回ったりして見るものである。

 

 

カラフルな外観とは打って変わって室内は黒い床とオーク材の壁がベースのシンプルな色使いで、赤く塗った配管や柱などがポイントになっています。

コルビュジェといえばモジュロール

黄金比と人体の寸法をかけ合わせて考案された、建築物における基本寸法論が有名ですが、この建物もやはりそのモジュロールに基づいて設計がなされています。造り付けの家具から、床のタイルの寸法までです。写真上の積み木も、もちろんモジュロールの規格で作られたものです。

身長183㎝を人体寸法の基準として作られているので、身長160㎝以下の私には大きすぎる作りかと思いきや、決してそうではありません。
それもそのはず。

中に入る人間が誰でも使えるようにする為には、自然にまた命令的に、一番大きい人の高さを選ばなければいけないということになる。こうして建築の尺度として結果的に、一番大きいものが取り上げられる。大きい寸法の方が小さすぎるより良い!

とコルビュジェは言っています。

小さな私がギリギリ通れるような小さな扉があったり、階段も一人がやっと通れるぐらいの狭さで、快適さを考えるならばもっと大きく作った方が良いのでは?と思ってしまうくらいです。

それもそのはず、このモジュールは快適さのためではなく、美しいバランスを作ることの方に重点を置いて作られたものですから。

けれど、大きなガラス窓からは陽が燦々と差し込み、大胆に吹き抜けを作ったギャラリーや、自身のアートをはめ込んだ大きな回転ドア、階段だけでなくコルビュジェお得意のスロープも取り付けるなど、贅沢な演出も盛りだくさんです。

だからその狭い扉や階段は空間を節約するためのケチケチした思考からではなく、コントラストを楽しむためにあえて提案された仕掛けなのではないかと思ってしまう。

とても楽しい空間構成になっています。

それはこの場で実際に歩き回って、体感してみないことには解らない感覚なのかもしれません。

 

 

近代建築の基盤を作り、20世紀を代表する3大建築家の一人と歴史に名を残したコルビュジェは、コンクリートと鉄とガラスで作る真っ直ぐに整頓された装飾のない世界観を提案してきましたが、彼の建築は整頓された中にもどこか自然を感じるような形態がみられると思います。

そんなコルビュジェのデスクの上にはいつも、海岸で拾った石や貝殻、流木などと並んで、ボトルやビーカーなどの工業製品が置かれていたのが、パリのアトリエや南仏の休暇小屋などの写真から伺えます。
彼はそれらをいつも手にとって、何かを感じ取るように大きな手で触れていたのだとか。

元は時計職人であったコルビュジェ。彼に建築を勧めた恩師、レプラットニエは自然がすべての芸術の源であると説いていた。
この二つの要素が元になって、自然のあり方を機械的な規則性と融合させたようなコルビュジェ建築が生まれたのかもしれません。

 


 

地下の展示室は暖かい色の上階とは違って、青く暗い室内に天窓からわずかに自然光が注ぐ、海底のような神秘的な空間です。

ここにはコルビュジェが旅から持ち帰ってきた小物や、自然の中で見つけたお気に入りの産物を集めて、写真とともに展示がされています。
壁一面に並んだ写真は、クルージングの際にコルビュジェ自身が撮影したもの。機械のディテールや工業的なフォームに魅せられて、コルビュジェ自身が切り取った風景がそのままに見て取れます。

 

 

コルビュジェの絵画や設計をした建造物の写真や図面などは、この美術館ではほとんど見ることができません。

しかしここでは、もっとコルビュジェのパーソナルな部分に触れられるというか、ル・コルビュジェ(本名:シャルル=エドゥアール・ジャヌレ=グリ/Charles-Édouard Jeanneret-Gris)とはどんな人であったのか、コルビュジェ本人の深いところを探れるような不思議な展示館なのではないかと思います。

 

 

2階の大部屋には、イタリアの老舗家具メーカー・カッシーナから今日も発売されている人気のデザイン、LCシリーズの家具が並んでいます。

コルビュジェのデザインということでLCシリーズと呼ばれていますが、実際にはフランス人デザイナー、シャルロット・ペリアンが中心となって、コルビュジェの従兄弟のピエール・ジャンヌレとコルビュジェとの三人で共同製作されたものです。

「座り心地が悪くて体が痛くなる」と言われの高いLCシリーズですが、これが置かれるだけで空間が絵になる、芸術性の高い家具であることもまた事実でしょう。

 

壁には晩年のコルビュジェの仕事風景などを撮影した、スイス人写真家、レネ・ブーリ/René Burrisさんの写真が並びます。

コルビュジェはとても気難しい人だったと言われますが、ブーリさんは撮影しながらどんどん近くに寄っていって、コルビュジェの生き生きとした表情を至近距離で多く撮影した、稀な写真家であったと言われています。ピカソやチェ・ゲバラの写真でも有名なお方です。

 

 

パヴィリオン・ル・コルビュジェ/Pavillon Le Corbusierは毎年5月の中旬から11月中旬まで公開されています。(冬季は休館)

この美術館は実際に訪れて、自分の目で見て、空間を歩き回って、感じて欲しい美術館ではありますが、新しくなったパヴィリオンのホームページには、オンラインで楽しめるeガイドなるものがあって、日本に居ながらにしてその雰囲気を楽しむこともできます。

E-GUIDE

写真をクリックすると各々のページにリンクし、高画質の写真とともに、その解説が丁寧になされています。
英語、ドイツ語、フランス語に対応していて、音声ガイドもありますので、なかなか来館できない方は、是非そちらで雰囲気だけでも感じてみてください。

 

 

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